もくじ
海外で初産 あまりにも日本と勝手が違う
3年半ほど前に、海外で女の子を出産しました。
異国の地での妊娠・出産で、一番最初にぶち当たった壁が母乳が出ないことでした。
帝王切開での出産3日後に退院し、母として右も左もわからないような状況で育児が始まりました。
母乳が出ないことに悩み、日本ではどうしているのかをネットで調べてみると、日本では産後、おっぱいマッサージを受けることができたり、産婦人科に母乳外来があり指導が受けられたり、桶谷式など母乳育児のサポート体制がとても整っているように感じました。
しかし、私が住んでいるこの国は、マッサージも母乳外来も何もありません。
何度か産婦人科に電話をかけ、相談してみたら、「軌道に乗るまで、大変なのはわかるけど、辛抱強く頑張ることね」と励まされるだけで、アドバイスなどは全くもらえませんでした。
「母親失格」!?
おっぱいをうまく娘にふくませてあげられず、また母乳も全然出ないので、母乳をあげようとすると娘はただ泣くばかり。
「ミルクの出ないおっぱいなんでいらない!」と、生まれたばかりの娘に言われているような気分でした。
「お腹がすいて泣いてる娘がいるのに母乳があげられない」
「母乳を出すためにどうすればいいのかもわからない」
「誰も助けてくれない…」
そう思うと、私はすでに「母親失格」と神様から言われているような気持になり、毎日泣いていました。
義姉の話で「とりあえず4カ月!」
その状況を変えたのが、私の義姉の話でした。
日本に住む義姉も、母乳がなかなか出ずに困っていたけれど、4カ月目から完母になったとのことでした。
それまで周りには、最初から母乳がたくさん出る人か、訳あって完ミの人しかいなかったので、4カ月も頑張った末に完母になった人の話は初めてでした。
そこから私は、「とりあえずお義姉さんみたいに、4カ月は頑張ってみよう。4カ月経っても母乳が全然出なかったら完ミにしてもいいし、混合をずっと続けてもいいし。とりあえず4カ月!」と目標を決めることにしました。
それでも最初は全然おっぱいが出ず、ポジティブな気持ちがなかなか続かないこともありました。
好きな物を好きなだけ食べて… 母乳が出るようになった
そして、ちょうど3カ月目に入った時のこと。
頑張ってみようと決めた目標の4カ月まで、あと1ヶ月という時でした。
「このままじゃ、完母になるのは難しそうだな」と諦めかけ、少し自暴自棄になった時がありました。
それまで食事にもとても気を使い、和食中心、糖分や塩分や脂分の多い食事はなるべく避けていたのですが、「もういいや!完母は無理っぽそうだ。こんなに母乳のことで悩んで、食生活がストレスになるんだったら、好きな物を好きなだけ食べよう」と好きな物を思いっきり食べ始めました。
大好きだったチョコレートやマフィン、ドーナッツをおやつに食べたり、中華なんかもいっぱい食べました。
すると不思議と母乳が出るようになったんです。
4カ月で完母に! 助産師さんの言葉に号泣
そして4カ月目からは完母に!
母乳のことで頭がいっぱいになり、強いストレスを感じていたのが、今思えば、母乳が出なかった一番の原因なのかなぁ、と思います。
母乳を通して赤ちゃんに栄養を送るためにも、ママはいっぱい食べて、それこそ2人分のカロリーを摂取しなければならないのに、私は育児書などを読み過ぎて、その通りのママを目指しすぎていたのかもしれません。
6カ月検診の時に助産師さんから、半ば完ミにしてることを期待しながら、「苦労していましたけど、母乳はどうなりましたか?完ミにしてますか?」と聞かれました。
「4カ月目から完母になりました」と言うと、その助産師さんは娘に向かって、「あなたのことを一番に考えてくれて、それを実行してくれるママで良かったわね。あなたは本当に幸せな女の子よ」と言ってくれました。
それを聞いた私は、産婦人科でワーワーと子供みたいに号泣してしまいました。